快感
自分が正しい側に立っている、というのは気持ちがいいものだ。
やみつきになる。
相手の非を指摘し、やり込め、謝らせる快感は言葉にしがたいものがある。
ただ、それで気持ちがいいのは自分だけだ。
言われている側として考えれば、決して気分がいいものではない。
言葉では謝罪や反省を口にしていても、内心は穏やかではないはずだ。
その後、良好な関係を築くことは非常に難しくなるだろう。
それに、相手をやりこめれば問題が解決する、というわけでもない。
自分もその快感を求めることは多々ある。
だからこそ、自重しなくてはならない。
よりクレバーに、利を得るために何をすべきか考えながら、
対人関係を円滑に進めていきたい。
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