奴隷です

こんにちは、お金の奴隷です。
お金ください、なるべくいっぱい。

そんなことを言っても、何もしないでお金をくれる人はいないわけで、だから自分は仕事をする。
仕事に対する感謝の言葉とか、それで喜ぶ人がいるというのもやりがいだけど、根本にあるのはギャラのためである。

以前も触れたけど、お金は世の中を生きる上での戦闘力であり、世の中における己の評価や価値を数値化したものだと考えている。
全うに仕事をしてお金を稼いでいる人には、それだけの価値がある、ということだ。
もちろん、一概にお金のみを判断基準とするのは危険だけど、普遍的で分かりやすい指数だと思う。
そして、自分が生きるため、よりよい生活をするため、いい物を持つため、遊ぶために、ぼくは自分の価値の対価となるお金がほしい。

氏がどのような考えで解放宣言をされたのかは、ざっくりと読んだ。
才能が豊かであり、すでに富も名声も得ている、持てるものの考えだよなあ、と感じた。
仮に、氏が他に成功した本業のない、過去の実績や名声も何もない一介のクリエイターであり、例の本の売り上げに生活や夢がかかっていたとして、同じことができたかどうか。
そんなクリエイターが世の中にはたくさんいて、今回の件に危惧を募らせている。

価値、というのは、分かりやすく金額で決まる。
ただ、それを決めるのは売り手と買い手だ。
売り手が決めた金額に納得がいかないなら買わなければいいし、どれだけ高くても、ほしくて買えるなら買えばいい。
氏は、自らの「データ」を無償で提供することを決めた。
そして、ぼくは本も買わず、「データ」も見ないと決めた。
価値を享受したいという欲求がわいてこなかったからだ。

現状、氏は自身の正当性を主張すべく、いろいろな人の言葉を引用して意見を述べている。
そこにちりばめられる嫌みやら皮肉、高慢な物言いが鼻について、氏の言葉はあまりストレートに入ってこなかった
炎上商法、と言えばそうなのかもしれないが、可能であれば、このように振る舞ってほしい。

お口チャックマン。

氏の名言(?)の引用である。
あまりよろしくない自分の感情も多分に交じっていることは、認める。

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